会社の真面目で堅物先輩が私に「あの人は毎日ランニングをしているそうだよ。やはり『健全な精神は健全な肉体に宿る』のだな。」と呟いたことがある。
私に対しての発言だったのか、それともランニングマンに対するリスぺクトだったのか不明だが、なぜか今でも覚えている。
私に対しての発言だったのか、それともランニングマンに対するリスぺクトだったのか不明だが、なぜか今でも覚えている。
そもそもその堅物先輩がパワハラ体質でとても健全な精神を身に着けていないのでだが、そんな人でも健全な精神というものに興味があることに少し驚いた。
そして堅物パワハラ先輩が、他人の健全な精神を判定できる程「まとも」にも思えなかったので聞き流していた。
その当時は、まだ30代前半だったので何を言っているのか理解できなかったし、自分はかなり「まとも」で周囲と比較しても健全に生きていると思っていた。
しかし中年となった現在、この言葉が蘇ってきた。
まさに自分の精神と肉体がストレスと中年の危機によって蝕まれて不健全となってきているからである。
この『健全な精神は健全な肉体に宿る』と言うのは精神・肉体が密接に関係していて、相互に作用しているということを表していると思っている。
そして「健全な精神」と「健全な肉体」この両方が両立することで人間として正しく健康で居られるということでもある。
最近も仕事悩んでいたりする時は、できるだけ歩くようにしている。体を動かすことで気がまぎれる部分もあると思うが、体が健康で活動的になると心にも作用して少し晴れ晴れとした気持ちになるものである。