中年 「嫌われる勇気」なんて持てない

アドラー先生は人生の苦しみのうちほとんど(全部?)の苦しみの原因は人間関係だと言っています。確かに現代に生きていて、社会生活の中にどっぷり漬かっている人間にとっては人間関係は非常に大切であり、そもそも人間一人では生きていけないので、生活していく上で人間関係を完全に放棄できる状態にはほとんどない。

そういう意味ではアドラー先生の人間関係に集約される考え方は納得できるし、これを理解して生活していくのと、そうでない場合は大きく生活の視点が変わってくると思われる。

本の内容はうろ覚えだが、内容は題名通りの内容ではなかったように思う。題名をそのまま自分なりに意訳してみると、「関係する人間に嫌われる勇気を持ってでも、自分の意思(わがまま)を通して生活をしていきなさい」となる。

題名からこのように推測される人が大半ではないかと思う。このような題名の本が売れるということは世の中の皆さんが、いかに周りの人に気を使って、自分の意思を封印して我慢して生きているかが窺い知れる。

周りとの軋轢を起こさないように、目立たぬように慎重に物事を済まそうとしている人間がいかに多いことか。まさに自分がその分類のど真ん中にいる。

一方、テレビやマスコミに出てくる、自分のしたいことを自由にして自分の才能をフルに活かしている人間も世の中にはいる。本当に一握りかと思うが、「わがままに自分勝手に自分のしたいことをしていたら何かの芸に秀でて、その世界でトップに上り詰めました」のような事例は、やはり憧れなのである。

脱線したが、「嫌われる勇気」本当にみんな熟読しているのだろうか。本の題名だけで購入している人間がかなり多く、ほとんどが読んでいないのではないだろうか。特に好評で話題になればなるほど、本の題名が独り歩きして沢山の人に目がつくことあり、乗り遅れまいと購入する層がそこそこ、いそうである。

この本のアドラー先生の考え方として面白いのは、「忙しいから勉強ができない」というのは言い訳で、実は勉強をしたくないために、忙しい状況を作り出しているのではないかという発想の転換の部分である。

本当に忙しくて勉強ができないのかもしれないが、本当の目的は勉強をすることではなくて、何か別の壮大な目的があるとしたら、目の前の忙しいことは何とか対処していくことができるのはないかとも思う。

大体「忙しい。いそがしい、イソガシイ!」って言っている奴こそ、無駄にスマホゲームとかしているし、惰眠をむさぼっていたりしている。

しかしこれまで嫌われないように嫌われないように頑張って気を使ってやってきたのである。嫌われてもいいということでは無いと思うが「なりたい自分」と「なれる自分」には大きな溝が存在している。その溝を少しずつ埋めていくか、妥協するか。もしくは得意分野を伸ばしていく「なれる自分」に力を注ぐか。

自分自身をよく見つめ直す事が大事だと改めて感じさせてくれる本なもしれない。

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