金曜日上司との宴会の延長で帰宅できず東京で宿泊した。翌日土曜朝の帰宅時早く帰りたい一心であったが電車を一本逃してしまい、次の電車で座って帰宅することにした。
睡眠不足で若干朦朧としていたが、スマホでアホみたいにマンガを読んでいた。
電車のロングシートの端に座っていたので、肘を肘掛にかけてリラックスしていたが、自宅のひとつ前の駅でベビーカーが若い夫婦とやってきた。ベビーカーはみんながそうするように、ドア近くの端に滑り込んできた。
唯一残っていた中年の席の真横に横づけされ、男の子と思われる乳児Ⅹを確認した。
乳児Xはそんなに騒がしくなかったが、まだ喋れないようで、『あー』とも『いー』とも言えない発音で親の注目を浴びたいようだった。父親は『ばぶちゃ〜ん』と期待外れの気持ち悪い対応だったが、乳児Xは一旦静かになった。
どうやらこの電車の中はあまり騒いではいけないという事を少しは理解したようで、次第に周りをキョロキョロし始めた。
中年は肘掛に肘をかけていたが乳児Xとは本当に至近距離にいたので、おのずと乳児Xの注意が向かってきた。何やら視線を感じていたのだが、少しするとおもむろに肘に何かを感じた。
とっさに乳児Xを見やると、性善説を正当化するような純粋な視線でこちらを見ている。
視線が合っている最中も肘に『カリカリ』とこそばゆい感触を感じていたが、単純に純粋にこの中年の肘のチェックをしたいのか、もしくはこちらの反応を試しているのかと思ったら、手を引っ込めずにこのままの『カリカリ』の状態を維持して様子を見ることにした。
こちらもアホなマンガを見るより、この天使に近い乳児Xとのちょっとしたコンタクトを楽しむ事にした。
相変わらず『カリカリ』を続けてながらこちらの視線を外さない。
大人だったらこんなに長い間視線を外さないなんて恋人か、揉めたケンカ相手くらいだろうと思いながら、一体この乳児Xから自分はどのように写っているのか心配になったので、とにかくニコニコしたり、おもしろ顔をしてみたが反応はあまりなかった。両親がすぐそこにいるのであまりやり過ぎると怖がられると思い控えめにしたが。
純粋無垢な乳児Xはかわいいが、お父さんの特徴をよく受け継いでいるようで、いわゆるおっさん顔。
とにかく一通り、中年の肘をいじっては、手すりに興味を示しながら、しかしまた中年の肘をいじるという、中年の心と肘を弄んだのでした。
しかしこの純粋なものに関わることが出来たおかげで少し心を浄化された気がした。
性善説を信じているので、なぜこんなに純粋なものが、悪に染まったりするのか不思議でならない。